またの冬が始まるよ


至高への探求?



     4



日頃の朗らかな彼には似つかわしくない、何だか妙な素振りをしていた挙句、
原稿を取りにと降臨していた梵天へ
隠しごとなぞ苦手な身でありながら、
隠し撮りなぞ敢行したらしい神の子様だったという報告を受けて。
さっそくにも実践にまで至ったのかと、
やるときはやる、その行動力をこういう形で発揮したイエスなのへと、
やれやれとちょっぴり脱力しちゃったブッダ様。

 というのも

何故そうと至ったかの経緯はちゃんと把握してもおり、
やんわりと窘めれば、
自分がしっかりしておれば、きっと大丈夫だとの心持ちも確固たるものとし。
そもそもの発端である昨夜は、
馬鹿なこと言ってと 取り合わない振りをして見せ、
熱さましのようなものとして、あえて一晩ほど時間を置いていたのらしく。

 “原稿を取りに誰かさんが来る予定でしたしね。”

鉢合わせたらややこしいことにならぬかと、
そっちは警戒していたはずが、思わぬ場所で遭遇していたらしいとあって。
そこのところは如来様の思惑通りに運ばなんだらしかったのが、
皮肉といや皮肉な話だったのだけれど。
そんな運びになったことへ、あ〜あとがっくり来たものの、

 “そも、そんなややこしい誤解をさせたのって、
  原稿にばかり集中していた私の素っ気なさも原因かもしれないしなぁ。”

彼の側から言い出されるより先に、
大変だ、助けてネ?イエスと、頼りないところを少しでも見せておれば、
泰然としていて凛と高貴で…だなんて、
聞いててこしょばゆくなるようなだだ褒めを、こうまで至近で聞かされるような、
極端な崇拝ぶりは されなかったに違いなく。

 “う〜ん。恋愛ってのは どこに落とし穴があるんだか、だよね。”

人生における苦しみとの付き合い方は克服できたはずの教祖様でも、
こうなるから深くは所縁を結ぶなとした恋愛に、
あっさり足元掬われてるんだものなぁなんて。
困ったなぁと口では言いつつ、でもでもお顔は正直なもの。
切ない痛さも甘くて格別、だってあの可愛い人が大好きなんだものと、
隠しようのない笑みでとろけそうなほどに緩んでいれば世話はなく。
そんなこんなと想いを巡らせていたところへ聞こえて来たのが、

 「お…。」

かんかんかんという外階段を大急ぎで上がってくる足音で。
メシア様のアルバイト中だけ
特によく見えるところへ引っ張り出している目覚まし時計を見やれば、
もうイエスが帰ってくる時間帯になっている。
思えば、昨夜こそ 口数も減ってしまい、
さすがにテンションが落ちた様子のイエスであったが。
夕食後に銭湯へ出掛けて以降、
そのまま静かに寝付いたことで少しは頭を冷やしたか。
今朝は笑顔も戻りの、
何事もなかったかのように平生と変わらない様子で過ごし、
そのままアルバイトへもお元気に出かけてった彼だったりし。

 “まさかに、すっかりと忘れてしまったとまでは思わなかったけれど。”

それがこの自分を油断させるための芝居だったとか、
まさかに そこまで思ってもいなかったけれど。
だからと言って、たった一晩で気が変わったわけでもなかろうと、
もう少し重きを持って構えた方がよかったのだろかなんて、
往生際悪くも思いつつ、見やっていたドアがガチャリと外から開いて。

 「ブッダ、ブッダ!
  コンビニの大売り出しの福引でお米券が当たったんだよ?」

今日はちょっぴり冬の気温に立ち戻った師走の風ごと、
扉の向こうから飛び込んで来て。
かかと同士をすり合わせ、もどかしそうにスニーカーを脱ぎつつ、
本来の朗らかな賑やかさで帰ってきたのはやはりイエスであり。

 「商店街の福引とは別枠ので、
  でも、大物狙いの抽選に要る補助券は、
  そうそう集められないよなぁって諦めてたんだけどね。」

余程の一大事、思わぬ幸運の降臨に興奮しきっているものか、
上がって来ても歩調の勢いは止まらぬまま。
それでも流しの前で何とか静止し、手を洗うだけの習慣は忘れない。
まだ着たままのダウンジャケットをごそもそと鳴らしつつ、
蛇口をひねった彼は 興奮冷めやらないままに言葉を続け、

 「そしたら、帰りにコンビニで、ふみちゃんたちと逢っちゃって。」

ブッダもようよう知っている、女子高生のお友達の名前が飛び出して。
お嬢さんたちもそれぞれに、スィーツだの菓子パンだの
小口ではあれ、いかにも若い子たちが当たって嬉しいくじ引きは済ませていて、
またのお越しをという狙いなのだろう余りの補助券を持ち合わせているとかで。
もう年末で学校の部活もお休み、年を越すまでこちらへは来ないし、
このままだと無駄になっちゃうだけだからって、

 「居合わせた子たちのを集めて、特等狙いのコースのを引いたらね。
  お米券5枚セットが当たったんだよ?」

ねぇ凄いでしょう?と、
まるでお母さん褒めてと言わんばかりの勢いなのが微笑ましい。
やはりいつもの調子のイエスなの、
いっそこのままにしといた方がいいものかと思わないでもなかったけれど。
妥協へ逃げてはいかんと、今日は常以上に自分に厳しい釈迦牟尼様。

 “思わぬところで ひょんな弾みから思い出されても困ることだものね。”

言っては悪いが、そういう傾向が強い彼だし、
現に昨夜の発端だって、そういう手合いの代物だったようなもの。
それに、本人様曰くの大人の男、
余裕の醸すチョイ悪な色香漂うイエスというのは、
勘弁してほしいタイプにしか想像が追い着かぬので。(ex,りんご服用後とか?)
ここはきっちりと言い聞かせ、鳬をつけとくに限るとの決意も新たに、

 「梵天さんと会ったんだって?」

お帰りと応じる前だったが、このマシンガントークの後なのだからしょうがない。
落ち着いてもらわねばというのもあってのこと、
長い睫毛を伏せ、小さく深呼吸を一つ構えてから、
極めて単刀直入に ばっさり切り出すと、

 「あ…えと、うん。」

ご機嫌だったのが一気にどれほど萎れたか
後ろ姿だけで十分察せられるほど、
その細い肩が見るからに がくーっと落ちたのが、相変わらずに判りやすい。
昨日の唐突な思い付きの件や、
そこから梵天を見かけてこれ幸いにと早速コンタクトしてみたくだり、
バイトのバタバタに翻弄されて さては忘れていたらしく。
そのままそこで固まってしまいかかるのへ、

 「ほ・ら。こっちに来て?」

お説教じゃあないからと、なるだけ穏やかな声を意識して。
いつまでも背中を向けたままは嫌だよと、
傍においでと招くよう、柔らかいトーンのお声を掛けると。

 「…うん。」

濡らした手を掛けてあったタオルで拭ってから、
やや俯き加減のままながらも、素直に振り向いてくれて、
ブッダの居るこたつまで、ジャケットを脱ぎつつ歩みを運ぶ。
叱られちゃうのかなという負い目からだろう、時々上目遣いになるところとか、
しっかと大人の風貌をしておりながら、
やっぱり何だか子犬みたいで可愛くてしょうがなかったが。
今は流されちゃあダメダメと、
胸の裡にてこそりとかぶりを振って、自分の母性(?)を叱咤してから。
イエスがお向かいへもそりと座ったのを見やり、
おもむろに口火を切ったブッダ様。

 「私、昨日はそこまで言わなかったけど、」

そこもいけなかったよなと反省しつつ、
あらためて口にしたのが、

 「キミが言ってたような、大人の色香をまとわせてるような存在が
  どれほど重厚で頼りになろうと、
  そんなの私には全然関心が沸かないんだよ?」

何もそういうお人が皆して鼻持ちならないタイプばかりではなかろうけれど。
それでも…大人のお茶目が嵩じて
朴訥な人の気真面目さをむやみに振り回すような存在は、
既に何人か心当たりがいるせいか、得意ではないのにね。

 “…そういう好き嫌いがあるのもいけないことなんだろうけれど。”

はたと気づかされている辺りは、
さすが どんな対象へも公平に慈愛を差し伸べ、
理解しようと励む勤勉なる如来様だったが、
今はそれもさておいてとここは無理から蓋をする。
そうでないと、

 「ブッダ自身こそが一番頼もしい尊だから?」
 「そうじゃなくて。」

そりゃあまあ、天世界の仏界浄土でも
数多の方々からこぞって“しっかり者”と言われておりますが。
自負も強くて気真面目で、いっそ頑迷なまでに勤勉一直線でいる彼なのへ、
それだといつか折れてしまいはしないかと、
唯一 そんなところを気に留めてくれたのは誰だった?

 「イエスはイエスだから、
  私、あのその、大好きなんだって。//////////」

 「…ブッダ?」

 「余裕がない自分ではキミには相応しくないんだなんて、それは唐突に言いだして。
  その挙句に、
  例えばと挙げていた梵天さんの姿を隠し撮りまでしていたなんて。」

一晩寝たことで忘れてなんかいないまま、
そっちへ駆け出しかかっていたのを知って、
自分がどれほど動揺しちゃったかを紡ごうとする。
だってそうでしょう?と、
やや詰め寄るように切ない表情になったそのまま、

 「キミがキミだから好きになったのに、なのにそんなの…。///////」

大体、キミだってちゃんと頼もしい癖にと、
そこをこそ言ってあげたかったのに。

 “う…。//////”

愛しいお顔と面と向かうと、
こんなことへムキになっている自分が途端に恥ずかしくもなり。
そんな恥ずかしさが、理路整然としていたはずのあれこれを他愛なくも掻き回し、
結果、肝心なところで口ごもってしまうのが自分でも口惜しい。
そんな言の淀みのせいだろか、

 「それでもさ。」

イエスがもしょりと言い返して来たことはといえば、

 「私ったら、
  大人になっても母さんに抱えられてる姿が広まってるくらい頼りないんだし。」

 「…もしかしてそれって、ピエタのことかな。」

磔刑の場から下ろされたイエスの遺骸を胸に抱いた聖母マリアという構図は、
ミケランジェロを始めとする芸術家たちが
哀しみや慈悲を現す題材としてよく用いたそれであり。
決して、

 “過保護なとか 親離れしてないとか、
  そういう意味合いの啓示ではないはずでしょうに。”

どこまで斜めなことを持ってくるかなと、肩から力が抜けかかる。
それでも、こんなところで躓いてなるものかと
気力を振り絞って姿勢を立て直すブッダであり。

 「あのね? イエス。
  キミの方こそ、自分がどれほど頼もしい人かを判ってないよ?」

 「え? そんなことないでしょ?」

それはそれこそ、ブッダの側でも判っているはずだよと、
大好きなお顔が不審そうに眉根を寄せる。
どこか自信のなさげな弟分で、
これはもうもう、宗派の別を越えて私が守って差し上げなくちゃと
そんなつもりでいたはずじゃないのと。
これぞ正しく“顔に書いてある”事例の判りやすい見本のような勢いで、
怪訝そうなお顔になってしまったイエスであり。
そのまま細い顎を下げてってしまいそうになったのへ、

 「だから…。///////」

私がいちいち悋気深くなったり、それを自覚して落ち込んだり取り乱したりしても、
それは穏やかに宥めてくれて。
それがどうしたのってその広い懐へと迎え入れ、抱きしめてくれたじゃないのと、

 …さらっと云えたら苦労はしない。

私なんてとしょげかかる細い肩や、
猫背が祟ってこちらは空洞になって見えるほど窪んでしまった懐から、
彼からの大好きなお声に誘われてだろう、
え?、と
やや元気のないお顔が無造作に上げられて。
玻璃色の双眸が真っ直ぐ向けられてきたものだから、

 「だから、あのその。/////////」

ああしまった、私イエスみたいにこういう話をさらさらと口に出来ない。
他の人の話としてならともかくも、
自分の気持ちを、しかも すすす好きだなんて言い回しをするなんてと。
選りにもよってこんな間合いで、
物慣れないが故の純情さが生んだ含羞みが、釈迦牟尼様を襲ってしまう。
カァッと顔から肩からうなじから背中から、あちこちが熱を孕んだように火照って来。
淡雪みたいな頬の肌が、そのすぐ下にひそむ赤面をあっさりと透かしてしまい、
そんな熱に煽られる格好で、
あああ、早く説得しないといかんのにという焦りを呼んだれど。

 「………あ。//////////」

妙な声がして、え?と顔を上げたブッダの視野の中、
自分の胸元を手のひらで押さえたイエスが、見る見るうちに顔を赤くする。
打ちひしがれてて、ともすれば青ざめかかっていたほどだったのにどうしたのと、
こちらの胸の内の混乱をも一旦停止させられ、
ついつい案じてしまったほどの変わりようだったが、

 「あの、ごめん。////////」

真っ赤になったまま、視線をあちこちへと揺らめかせ、
身の置き所に困っているような表情をしたイエスはといえば、

 「好き好きのドキドキを、
  あのその、そんなにも伝えてくれなくても…。」

 「…あ。/////////」

敢えて言うなら、
憎からず思ってるお人から
衆目のあるところで唐突に好きだと告白されたヲトメのように。
何でそんな、いやだなぁ恥ずかしいよぉと言わんばかりに含羞の態を見せており。

 「ブッダはいっぱい言葉を知ってるじゃないの。」

判らないこと判らないままには出来ないからって、
どんな衆生の苦しみやもどかしさでも、全部判ってあげたいからって、
アナンダくんたちが案じるような苦行を、今の今でもさんざん手掛けては
ああこういうことなんだって体感し続けているほどなのにと。

 「なのにこんな…直接届けてくるなんてずるいよぉ。///////」

 「そ、そうなの?」

ずるいと言われても、自覚があってやらかしたことじゃない。
このお言いようは多分、
彼もまた胸元へと提げておいでのあの指輪が、
唐突にあらぬ熱を帯びて自己主張をしたものと思われて。
それは決して、ブッダが神通力の類を飛ばして起こした奇跡とやらではなく。
それでも一応は謝ってのこと、ごめんねと螺髪頭を下げかかったものの、

 “あ、でも…。///////”

苦手な言い回しに四苦八苦していたところ、
それが こんな格好でとはいえ、相手へ直接伝えられたというのなら、
いっそ幸いなんじゃなかろうかと。
素早く思考をまとめてしまったブッダだったのは。
冷静さとか、知的に手際の良い秀才だからというよりも、
瞬発的な勘のようなものが働いて、
これを見逃してはいかんとしゃにむに飛びついたようなものだと言えて。

 「だ、だからっ!
  私が大好きな今のキミを、断りなく変えてしまおうというの?///////」

これぞ正しく“ザ・どさくさ紛れっ”だったれど、
溺れる者は藁をもつかむと言うではないか。
イエスが、これこそブッダの胸の内というもの、
言葉以上の体感で感じ取ったというのなら、そこへ乗っからない手はなくて。
日頃の理路整然はどこへやら、

 「それが自然な成長や老成ならともかく、
  無理から取り繕った格好で変わろうとするなんて、
  それってあんまりなんじゃあないの?」

 「え?え?え?」

突拍子もない論だというのは重々承知。でもねあのね?

 「頼もし過ぎておっかないイエスなんて、私には耐えられないんだからね?」

こちらこそ極端な言いようをしてから、畳みかけたのが

 「お願いだから、
  私の一番好きなイエスを取り上げてしまわないでよ。」

 「あ…。/////////」

えいと思い切って…にしては いたく柔らかい一言で。
あまりに一途に言いつのったせいだろう、
上気していた頬の微熱が頂点まで達してしまったか、
その頬やすんなりした首元、まろやかな稜線を成す肩口へ一気にふわはさりと広がったのが、

 「…あ。」
 「う。/////////」

それはしっとり、だがだが引っ掛かりの全くない、
極上の絹糸を思わせる、深いつやを持って四方へと広がった、
釈迦牟尼様の濃色の長い長い髪。

 「あ、えっと、あのあの。///////////」

やだやだ、これって取り乱しておりますって証拠じゃないのと、
ますますと真っ赤になる如来様だったのへ。
やぁんと麗しの手でお顔を覆ってしまう前に、

 「あ、あ、ごめんね、ブッダ。
  困らせてしまってごめんだよぉ。」

ごんと膝をこたつのやぐらの縁にぶつけたお約束も何のその。
立ち上がるのももどかしげ、
手をついての這うようにして向かい側の愛しい人までを
四ツん這いで辿り着き、
そのまま掴みかからんという勢いで、
上からがばちょと 高貴なお人を包み込むようにして抱きすくめてしまう。

 “…あ。////////”

何が起きているのかは、ちゃんと見えていもしたけれど。
まるで疾風のような刹那の展開。
わあと驚いてしまった自分を、どこへも行かないでと引き止めての、
いやさ 自分のものだとその懐へ押し隠すよに強引に扱われ。
雄々しい双腕や胸板の感触に頬が触れ、
独占欲に急く腕で掻きい抱かれてのこと、ぎゅうぎゅうと締め付けられる中、
かぐわしいバラの香りと、その奥に特別なオレンジの匂いまでもを感じ取り、

 “あわわ…。//////////”

うわあ、どどどどうしようとばかりに混乱し、
またもやの入滅をしかかりそうなほど目が回ってしまわれた釈迦牟尼様。
心配をさせる方もさせた方も、どっちもどっちの素直な可愛さなのへ。
小さな六畳間へと差し込む冬の陽が、
微笑ましいことですねと苦笑したような気配がした、
年の瀬のとある昼下がりでございます。




   〜Fine〜  15.12.29.〜16.01.02

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 *何だかややこしいドタバタで、でも、
  彼らの こっち方面での拙さではまだまだ、
  もう知らないんだからと捨て置けなかったらしく。
  速攻で何とかしようと踏ん張ったブッダ様に、
  じたばたしていただいた次第です。(天罰は要りませんから、はい)
  年をまたいでしまいましたが、
  理屈まるけで、しかも最後は力押しのお話へ
  お付き合いくださってありがとうございます。
  今度こそはもうちょっと色っぽいというか
  なまめかしいお話も書きたいのですが、
  時間が許すかどうかですね。くっすん。


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